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プリオラートの歴史を紐解く。

カタルーニャ州タラゴナ県、プリオラート地方(コマルカ・プリオラート=地方行政区)には、

23の村(ムニシピオ=自治体)が存在し、全人口は1万人も満たない、

雄々しい自然に囲まれたワイン産地です。

 

アルバロ・パラシオスの畑レルミタ(L'Ermita)グラタリョプス村
アルバロ・パラシオスの畑レルミタ(L’Ermita)グラタリョプス村。

 

 

プリオラート地方の中に、DOCプリオラート(特選原産地呼称)と、

DOモンサン(リベラ・デブレ(Ribera d’Ebre)地方も一部含む)

という2つのワイン原産地が存在します。

グリフォイ・デクララ地図
プリオラートは、1954年からDOに認定され、2009年にスペイン中央政府にDOCとして承認された、リオハに次ぐ二つ目のDOC。DOモンサンは2001年に認定された。

 

 

 

この地に住んでまず心奪われたのは、その歴史の深さです。

愛犬と歩くいつもの散歩道も、歴史を知ると、

まるでその時代にタイムトリップしたかのような感動に包まれます。

そこで、この地方の歴史を紐解いてみようと思います。

 

 

プリオラート地方でのブドウ栽培とワイン造りの歴史は、ローマ時代よりも前に遡ります。

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カルバリの遺跡(紀元前9世紀から紀元前6世紀)。エルモラール村。
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イベリア人達の集落跡。エルモラール村の最初の住人がここに住んでいたと思うとワクワク。
カルバリ遺跡の発掘を手掛ける、バルセロナ大学の考古学の教授のレクチャ−。
カルバリの遺跡の発掘を手掛ける、バルセロナ大学の考古学の教授のレクチャ−。
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推定2700〜2500年前のアンフォラ(ワイン運搬・保存する陶器)や、ブドウの種の化石が発掘され、この地でワイン造りがローマ時代よりも前から行われていたことが立証された。

 

 

歴史は流れ、711年。イスラム教徒のムーア人がイベリア半島に侵入すると、

わずか数年間でカタルーニャを征服するものの、

キリスト教徒による国土回復運動(レコンキスタ)で

プリオラート地方は、12世紀にはキリスト教圏に復活しました。

284年もの間シウラナを占領していたイスラム勢力は、キリスト教徒により1154年陥落した。
284年間、シウラナを占領していたイスラム勢力は、キリスト教徒により1154年に陥落した。

 

 

 

その後、南仏プロヴァンスからこの地を訪れたカルトジオ会の修道士たちが、

1194年、イベリア半島で一番最初のカルトジオ会修道院をプリオラートのシンボル、

“聖なる山”モンサンの麓に建設しました。

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カルトジオ会の命で理想の場所を探すべく、プロヴァンスからカタルーニャを訪れた2人の騎士は、モンサン山脈を訪れた時にその美しさに感動し、この地について羊飼いに尋ねた。「一番高い松の木に、天使達が上り下りする階段があるのです。」その話を聞き、修道院建設にこの地を選んだ、という言い伝えがあるのが頷ける、とても神秘的な場所だ。

 

 

 

DOCプリオラートのロゴマークにも、十字架と天使と梯子があしらわれている。
DOCプリオラートのロゴマークにも、十字架と天使と梯子があしらわれている。DOCプリオラートのワインの裏ラベルには全て、ナンバリング付きのこのマークが記載される。

 

 

 

こうして”神の階段”を意味するスカラデイ修道院(Cartoixa d’Scala Dei)が誕生しました。

プロヴァンスで培ってきた、ブドウ栽培の高い技術や知識を携えた修道士たちにより、

プリオラートのブドウ栽培やワイン造りは、年月をかけて目覚ましい発展を遂げました。

修道院跡では、十字架とに向かう梯子のマークを目にすることができる。
修道院跡では、十字架と梯子のマークを複数目にすることができる。まさに”神の階段”。

 

 

この地方の名前「プリオラート」の由来は、スカラデイ修道院と深い関係があります。

“プリオール”は「修道院長」を意味し、”プリオラート”とは、

「修道院長の領土」という意味で、

文字通り、この地方の農民たちは、ブドウや穀物を始めとした

農作物をカルトジオ修道院に納めていました。

 

 

 

1835年、スカラデイ修道院の所有地は国家によって没収され※、

小規模農家に分配されたため、修道院は解散、

美しい建築物は時代と共に朽ち果てていきました。

(※ Desamortización Española=永代所有財産解放令)

 
 
 

苦しい生活を強いられていた農民の怒りは積もり、修道士達は二度とこの地に戻ってくることはなかった。
苦しい生活を強いられていた農民の怒りは積もり、修道士達はその後、二度とこの地に戻ってくることはできなかった。

 

深い霧に包まれたエスカラデイ修道院。"プリオラートワインの始まりの場所"、と言っても過言ではないだろう。
深い霧に包まれたスカラデイ修道院跡。

 

 

12世紀から19世紀までの長い間、この土地のワインの目覚ましい発展は、

スカラデイ修道院なくてはあり得ませんでした。

ここは、”DOCプリオラートのワインの始まりの場所”と言っても過言ではないでしょう。